2022/08/22 15:31
「巨石は見たいが 足腰弱い」
酷暑の折、皆様いかがお過ごしでしょうか。
こんな時期は石を見に行こうにも暑さ・険しさ・虫の多さの三重苦で腰が引けてしまうものです。
苦労あってこその巨石信仰であるとはわかっていても、
「すぐ着きました^^」というネットのコメントを信じて現地に赴いたら
想像をはるかに超えた道のりに絶望するなんてこともしばしば。
というわけで今回、険しい道のりだった巨石は参考までに道中写真もお届けします。
(前回はコチラ【島根の巨石探訪 その①】)
まずは車で行ける巨石から!
【①石宮神社の猪石と犬石】
宍道町にあるこの神社では巨石を2つも見ることができます。
鳥居の近くに駐車できるスペースもあるので安心ですよ。

(松江市宍道町白石)
すぐに我々を出迎えてくれるのは『猪石』
鳥居の両サイドに2つの苔むした岩が佇んでいます。
鳥居の両サイドに2つの苔むした岩が佇んでいます。

(上から見た猪石)
そして階段を登ると見える、拝殿の背後にある霊石が『犬石』。

(玉垣に囲まれた犬石)
大国主命が犬を使って猪狩りをされ、その犬と猪が石になったと出雲風土記に伝わっています。
つまり、『犬石』は神様のお使いでもあるわけですね。
言われてみれば、おすわりをしているようにも見えます。
猪の方に関しては、あとで紹介する『女夫岩』であるという説もあるそう。

この拝殿前の絶妙な幅も気になるポイント。
高架と田園が同時に臨める、面白い神社でした。

(昔の学校のような時計がノスタルジック)
【②黄泉平坂の岩】
次はいわずと知れた松江の名所。
ここにも曰くつきの大岩があります。
駐車場に停めたら岩はもう目の前!

(松江市東出雲町)
奥に巨石、手前の石碑には【神蹟 黄泉平坂 伊賦夜坂 傳説地】とあります。
奥に巨石、手前の石碑には【神蹟 黄泉平坂 伊賦夜坂 傳説地】とあります。
妻の伊邪那美命(イザナミノミコト)に先立たれた伊邪那岐命(イザナギノミコト)が黄泉の国を訪れ、
変わり果てた姿の妻を見て脱出するという、古事記の一節の舞台ですね。


この岩は、
伊邪那岐命が黄泉の国に通じる道を塞いだ千引の大岩といわれています。
つまりどかしたら黄泉への道が開かれるということでしょうか…。
また一説には、近くの小道がかつての黄泉比良坂とであるとされていて
現在も小石を積んで通るという風習があるそうです。
現在も小石を積んで通るという風習があるそうです。

ここまではアクセスが簡単な巨石たち。
次から少し大変になります。
【③朝間神社】(あさびらさん)
ここは七年位前に訪れたので記憶が曖昧でしたが、写真を見てハッキリと思い出しました。

まずこの柵。これは獣対策の柵で、登山道などによく設置されています。
ということは、獣が出るということ…獣が出るということはマダニが居るかもしれないということ…👼
(当然ですが森に入るときは長袖長ズボン必須です)
道は長くないのですが、いかにもな山道なので倒木・草木をまたいで進みました。
かろうじて設置されていた階段も苔で滑るので注意。

(出雲市宇那手町)
そしてたどり着くのは岩壁を背に建つお社。地元では「あさびらさん」と呼ばれているそうです。
そしてたどり着くのは岩壁を背に建つお社。地元では「あさびらさん」と呼ばれているそうです。
御祭神は菊理媛命(ククリヒメノヒミト)で、享保2年の『雲陽誌』には
“此地高山巌壁なり 十間に五間の平地あり 高さ二丈横十五間の岩下に本社を造る 側に五尺四方の立岩あり若宮荒神をまつる”
と記されているそうです。
この岩が二丈と十五間の岩か(高さ約6m 幅約27.3m)、五尺(約15m)四方の立岩なのかはわかりませんが、
当時とは少し様子が違うと思われます。

暗かったので写真はイマイチですが、こちらにせり出てくるような岩壁は迫力があります。
中央付近の青い長方形の石には、【朝之間大神】と刻まれていました。
こういった場所は歩くことも大変ですが、撮影する手に次々と蚊が止まるのが厄介です。
虫よけスプレーもお忘れなく。
【④女夫岩遺跡】
宍道総合公園を過ぎた先、島根中央家畜市場のすぐそばにある遺跡。
近くに待避所っぽいスペースはありますが、駐車場はありません。

こういった縮尺が曖昧な地図は、いつも不安になります…。
参道に踏み入ってすぐアオダイショウが目の前を通過。
もしマムシに噛まれたらどうするかを脳内シミュレーションしながら進みます。
(ヘビを見分けるのが難しい方はマムシの写真だけでも見ておくといいかもしれません)
(ヘビを見分けるのが難しい方はマムシの写真だけでも見ておくといいかもしれません)

急坂ではあったものの、きれいに整備されていて歩きやすかったです。
幸いなことに10分も経たずに着きました。

(松江市宍道町)
圧巻のふたつの巨石。
木々の間から差す光も相まって神聖な佇まいです。入り口の案内板によると、長さ9m × 幅2.5m × 高さ4m と 長さ6m × 幅3m × 高さ4.5m。
近くで祭祀に使われたと思われる土器片も見つかっていることから、
古墳時代のの巨石信仰に関する重要な場所だと考えられています。
一時は道路建設のために撤去となるかと思われましたが、貴重な資料であるため保存になったそうな。

来た道と反対側にも道があるようなので確認のため行ってみましたが、
ため池横を抜けた先はひとんちの裏みたいなところにつながっていて気まずかったです。
正面から入られることをおススメします。
【⑤神代神社の磐座】

(神代神社参道 一番奥が神代神社)
入り口の杖を見てうっすら想像はつきましたが、最初の階段で心が挫けそうになります。
この階段を登って嫌気がさした方は日を改めた方がいいでしょう。
蚊はあまりいませんでしたが、たまにアブが通過していくのが怖い。
神社で無事戻ってこられるように祈願して登山道へ。

まさか電気柵をまたいで行くとは…
足元注意と書いてあるからには正規ルートなのでしょう。この先からはやや急な階段をひたすら登っていきます。

数歩ごとに蜘蛛の巣がはっていて苦戦しました。
(住居を破壊される蜘蛛にとっては苦戦どころの話ではないと思いますが)
指揮者のように、拾った枝を目先で振りながら進みます。
登ること10分。やっと案内がでてきたと思ったらコレ ↓

写真では間を通れるように見えますが、道全体が胸の高さ位のシダに覆われているので踏み分けるしかありません。
万が一、かぶれたら嫌なのでハンズアップで進むことにしました。
細くなってきた道を5分も進めば到着です。

(斐川町神庭)
いくつもの巨石が組み合わさったような岩塊にしめ縄がかけてありました。
麓の案内板によると、
宇夜都弁命(ウヤツベノミコト)という神が天からこの磐座に降臨された
という伝説から周辺を宇夜里と名付けたとされています。この神は、住民に開拓や耕作・漁・女の道などを説いて導いたということです。
(女の道とは一体…?)

写真では全体が分かりにくいと思いますが、それもそのハズ。
この近辺はとっても狭いので、全体を撮影するほど下がることはできませんでした。
どうしてもという方は伸びる自撮り棒などをお持ちになった方がいいかもしれません。
崖にカメラが落ちないようにご注意を。

ネットには景色がいいとのコメントもありましたが、木が高くなっているからかよく見えず。
しかし会社の近くにあるということもあり、やっとここまで来ることができて嬉しかったです。
こうして今回の取材を通して私が感じたこと。
夏の山探索はやめた方がいい。
しかし!
以前真冬に神社へ赴いた際、笹が背の高さまで伸びていて参道を登るのに苦労しました。
なのに、夏に前を通ったらしっかりと草刈りがされて通りやすくなっていたなんてことも…😞
アパートの下見ではありませんが、やはり季節によっての環境も考慮してお出かけするのがベターですね。
そんな皆様にもうひとつ、素敵な巨石をご紹介!

【曽枳能夜神社の岩神】
(斐川町神氷)
延命長寿の神【神魂伊能知奴志命(カンムスビイノチヌシノミコト)】を祀る磐座ですが、
ここから出雲大社を遥拝できるとも伝わる、コロナ禍には願ったり叶ったりなスポット。
延命長寿の神【神魂伊能知奴志命(カンムスビイノチヌシノミコト)】を祀る磐座ですが、
ここから出雲大社を遥拝できるとも伝わる、コロナ禍には願ったり叶ったりなスポット。
歩いて赴くのが一番だとはわかっていますが、厳しい季節にはお願いしたいです。
出雲大社の遥拝所は他の神社にもありますので、お近くの神社で見かけた際は参拝してみてはいかがでしょうか。
では、また。